学バス内にてオノレの不徳を恥じるの巻
それは学バス内での出来事であった。私は同学部のC先生をみつけたので、たまたま目の前にいたご老人(男)に席を譲って、C先生の座席の前にたった。
私とC先生はたのしく世間話を始めた。しばらくすると、横から、
「あ~あ~うるさいねえ。〔アナウンスが〕聞こえないよ。わたしゃ初めてこのバスに乗るのに」
という聞こえよがしな大きな声が。発言の主はと見ると、C先生の横に座っていた別のご老人(女)であった。当然、わたしは凍り付いた。その時、わたしの頭の中は
「私は声が大きいからな。C先生に不愉快な思いをさせてしまった。どうしよう。」とグルグルである。ところがである。C先生
「どちらで降りられるんですか、教えて差し上げますよ。」と聞くではないか。それまでは口をへの字に結んで「わたしゃガンコババアなんだよ」とまわりを威嚇していたその女性は、一瞬とまどった後、すなおに、その先生に行き先をつげ(穴八幡の一陽来復買い。 笑)、最後にはかるく会釈もした。
私の目の前で奇跡が起きたのだ。
一人のガンコばあさんが礼儀をしる普通のばあさんへと錬金術的な進化をとげたのだ。
はじめてのバスで、アナウンスが聞こえなくて、不安なのなら、運転手さんにでも、わたしたちならずともべつの他の人にでも、何駅目ですかと聞けばすむことである。そうせずに、あのような発言をしたのは、彼女が、自分の感じている不快感をわれわれにも共有させようとしたからだ。
わたしはその悪意に凍り付いた。だが、C先生は違った。
彼女の黒い感情をそのままうちかえさず、彼女にまったく違うレベルの暖かいボールを手わたし、状況を激変させたのである。
C先生と比較しての自分のダメさにそれから落ち込んだことは言うまでもない。
でも、よく考えたら、落ち込むことも一種の自己愛の現れ。いい加減立ち上がろう。
こんばんは。初めて書き込みさせて頂きます。人気ブログランキングから参りました。
哲学思想ランキングを見ていましたら、ここのブログタイトルに目がとまり寄らせて
いただきました。さて、C先生の返し業、素晴らしいですね。これはなかなか出来る
ようなことではないと思います。コミュニケーションが上手な先生なんでしょうか。
「一言が人を和ませ 一言が人を怒らす」
という言葉をよく山門にある掲示板伝道に貼ったりしますが、まさにこのことですね。
良い記事ありがとうございました。拙ブログですが、よろしかったらご覧下さいませ。
http://plaza.rakuten.co.jp/moonlightbath/
by 月光浴住職 (2006-01-24 22:50)
コメントありがとう゛ございます。いつかはわたしもC先生のようになれるべく、精進したいと思います。
ぶろぐ最近の数日を拝見しましたが、法然上人についていろいろ勉強になります。
また、いろいろご意見賜れればと思います。
by ishihama (2006-01-25 09:41)